撮り直すか、これで出すか。1年目の私は、言いやすさで決めていた
部署が違っても、通じる話だと思います。
1年目に向けて書いた回です
公開時点の情報です
判断の基準は画像の出来だと思っていました。実際に私が使っていたのは、患者さんが気難しそうかどうかでした。
冬、当直に入りはじめた頃です。夜中の2時すぎ、病棟からCVカテーテル挿入後の確認のポータブル。相方の先輩は救急で外傷対応中で、私は一人で装置を押して、暗い廊下を上がりました。
個室の80代の男性はせん妄気味で点滴を抜こうとしていて、看護師さんが手を押さえています。「背中に板を入れますね」とFPDを差し込むと、うめき声。腕はルートだらけで、胸の上からどけられない。看護師さんと二人がかりでなんとか形を作って、曝射しました。
プレビューを見て、血の気が引きました。吸気が浅い。わずかに回旋。そして肝心のカテーテルの先端が、条件が浅くて縦隔の白の中に溶けている。見えるような、見えないような。
撮り直すというのは、もう一回あの板を入れて、もう一回あの人をうめかせるということです。看護師さんのPHSは、もう次のコールで鳴っている。
「……写ってる、はずだ」で、送信しました。
30分ほどして、当直医からPHSが鳴りました。先端が追えない。右の肺尖も病衣のシワと重なっていて気胸を否定しきれない。悪いけどもう一回、と。
もう一回、うめかせに行きました。2回目は、1回目からやるべきだったことを全部やりました。条件を上げて、腕の位置を作って、看護師さんに息のタイミングを合わせてもらって。
つまり私は、「あと30秒の苦痛」をケチった結果、深夜の苦痛をまるまる2セット、あの人に払わせたわけです。器械を片付けながら廊下で、情けなくて、しばらく動けませんでした。
無責任ですよね。
書くのが一番恥ずかしいのは、ここです
その頃の私は、患者さんが気難しそうかどうかで、撮り直すかどうかを変えていました。
「もう一枚いいですか」と言いやすい穏やかな人には、気軽に撮り直す。不機嫌そうな人には、甘い画像のまま送信する。言いやすさで、被ばくの配分を変えていたんです。
誰に教わったわけでもなく、気づいたらそうなっていました。指摘してくれる人がいなかったら、今もやっていたと思います。
いま自分の中でどう切っているかを一文にすると、こうなります。
その一枚は、誰のためか。 依頼した先生の問いに答えるためなら、患者さんに謝ってもう一枚お願いする。自分が怒られないためだけなら、送信して自分が怒られる。画像の出来を睨んでいるうちは、たぶんこの線は引けません。
誰も最初に言ってくれなかったこと、三つ
一つ目。撮り直しは、隠すものではない。
私のいた施設では、リジェクトした画像も理由つきで残って、あとで集計される運用でした。1年目は「撮り直し=減点」だと思っていたので、隠したくなる。でも実際に問題になるのは、「説明できない撮り直し」と「隠した撮り直し」だけです。
「カテ先不明瞭のため条件変更し再撮影」と書ける撮り直しは、減点どころか、仕事をした記録になります。この区別を、誰も最初に言ってくれませんでした。
二つ目。ベテランは撮り直しが少ないのではなく、撮り直し「方」がうまい。
20年目の先輩が「ごめんなさいね、あと一枚だけ。今度のはわたしのわがまま」と明るく言って、患者さんが笑っていたのを見たことがあります。
患者さんを不安にさせているのは、2枚目の曝射ではありません。こちらの泳いだ目のほうです。撮り直しの声のかけ方に技術がある、なんて教科書のどこにも書いていない。
三つ目。先生ごとの「癖」の地図が、口伝で回っている。
○○先生は側面の入り方にうるさい。△△先生は前回とポジショニングさえ揃っていれば細かいことは言わない。そういう非公式の地図が、先輩たちのあいだで回っています。
教科書の許容範囲の外側に、「この病院の許容範囲」がもう一枚ある。しかも口伝でしか手に入らない。1年目の私はその地図の存在自体を知らなかったので、全部を教科書だけで判定して、一人で消耗していました。
地図は、聞けば出てきます。「この検査、△△先生のときに気をつけることってありますか」で足ります。私はそれを聞くまでに、ずいぶん長くかかりました。