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技師のスキルは、その病院の外で使えるのか。一人職場で考えていたこと

公開 2026.09.04

CT、一般撮影、MRI。一人職場で一通り任されていました。それでも、これを持って他所へ行って100%使える、とは思えなかった。当時考えていたことと、外に出たあとの正直な答えです。

技師のスキルって、結局その病院と、その先生と、その機器に依存したものになりやすい。そこでのやり方しか、やらない。

そう体感している人、多いんじゃないでしょうか。

「安定してるのに、なんで辞めるの?」

技師を辞めると言ったとき、周りから何度も聞かれた言葉です。

正直、うまく説明できませんでした。待遇が悪かったわけじゃない。人間関係に疲れたわけでもない。ただ、このまま続けたら自分が何者にもなれない気がした。

一人職場で気づいた「天井」

宮崎の出身で、養成校を出たあと、熊本の病院で技師をしていました。

小さな病院で、技師は私一人。CT、一般撮影、MRI。一通りの検査を任されて、それなりにやりがいはありました。ワンオペでやることが多かったので、いろいろな経験をさせてもらったとも思っています。

技師の外側にも目を向けたくて、医療情報技師も取りました。撮る以外のところで、病院経営の一端にも触りました。

それでも、これを持って他所へ行って100%使える、とは思えなかった。

夜の検査室。空の寝台とCT装置の前に、技師がひとり立っている。
この部屋のことは、たぶん誰よりも分かっていました。

病院が変われば使う装置も変わる。プロトコルも違う。医師の好みも違う。私が積み上げたものは、ここでしか通用しないローカルな経験でした。

それ自体は悪いことじゃないと思っています。ただ、自分の力をもっと広く届けられるんじゃないか、という感覚がずっとありました。

「もっとこうすればいいのに」が止まらなかった

もうひとつ、日々感じていたことがあります。

業務には、紙ベースの運用や古いソフトがまだまだ残っていました。「これ、システムで自動化できるのに」と思う場面が何度もあった。

それで、自分で作れるようになろうと思って手を出しました。

業務後に自分の PC に向かう時間が、だんだん仕事より楽しくなっていった。

あるとき思いました。医療の知識と IT の知識を両方持っている人って、あまりいないんじゃないか。

自分がその橋渡しをできるかもしれない。そう考えたら、技師を続ける理由のほうが見つからなくなりました。

「情熱」じゃなくて「合理性」でした

ここは正直に書いておきます。

私が技師を辞めた理由は、「医療を変えたい!」という情熱ではありません。

自分が詳しい領域で、自分のスキルが活かせる場所で戦いたかった。実利的な判断です。

医療に対する情熱がゼロだとは言いません。自分なりに貢献できたらとは、いまも思っています。

でも、「医療への熱い想い」を看板にするのは違う。動機の半分は、自分が面白いと思えることをやりたかったんです。

飾っても仕方ない。正直なほうが、長く続けられると思っています。

東京に出て、独立した

熊本の病院を辞めて、東京に出ました。

選んだのは、どこへ行っても使えるスキルが手に入るほうです。エンジニアとして経験を積むために、業務委託で Web 開発の仕事を始めました。電子カルテ関連のシステムなど、医療と IT の境界領域です。

そして今は、独立しています。

かつての自分が欲しかったものを、自分の手で作れるようになった。それだけで、辞めた甲斐はあったと思っています。

で、外で使えたのか

技師を辞めたことを後悔したことはありません。

でも、技師だった時間は今の自分の土台になっています。現場で感じた「暗記では応用が効かない」という実感。システムへの不満。医療の知識。第一種放射線取扱主任者の資格。

それらを全部持ったまま、別のフィールドに移っただけです。

ただ、正直に書いておくと、技師の頃の技術は、今はほとんど活きていません。

医療システムを作るときに現場の意見としては使いますが、それは技師だから、ではない。

けど今は、技師としてのスキルとプロダクト開発のスキルを掛け合わせて何かできないか、と画策しています。

手を付けているのは、国試対策からです。認定資格を取ったときに勉強で苦労した覚えがあるので、いずれそちらの対策も作りたいと思っています。

あなたはどう思いますか

反対意見ほどありがたいです。名前は出しません。

hello@tazume-medflow.jp にメールする
・ 元・診療放射線技師 → 医療系ソフトウェア開発
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